





ニコレックス ズーム35(NIKKOREX Zoom35)は、35mmフィルムを使用するレンズ固定式の一眼レフカメラです。
最大の特徴は、43~86mm F3.5のズームレンズをボディーへ固定装着していること。レンズ交換をせずに標準域から中望遠域まで画角を変えられる、1960年代としては非常に先進的なカメラでした。
一方で、レンズシャッター、セレン光電池式露出計、撮影後すぐには戻らないミラーなど、現在の一眼レフとは大きく異なる機構も備えています。
ニコレックス ズーム35とは
ニコレックス ズーム35は、日本光学工業が1963年2月に発売した35mm一眼レフカメラです。
先に販売されていたニコレックス35IIをベースに、新設計の43~86mm F3.5ズームレンズを固定装着しています。発売時の価格は3万9,500円でした。
ニコンFとは異なる普及型シリーズ
当時の日本光学には、プロや上級者を意識したレンズ交換式一眼レフ「ニコンF」がありました。
これに対してニコレックスシリーズは、レンズシャッターや固定式レンズなどを採用し、より手頃な価格で一眼レフ撮影を楽しめるように企画されたシリーズです。
ニコレックス ズーム35もニコンFマウントを採用しておらず、レンズ交換はできません。
しかし、一本のズームレンズで複数の画角を使えるため、単焦点レンズを交換する手間を省けるという明確な利点がありました。
43~86mm F3.5の固定式ズームレンズ
ニコレックス ズーム35には、43~86mm F3.5のNIKKORズームレンズが固定装着されています。
43mmは標準レンズに近い自然な画角で、日常のスナップ、風景、人物などに使いやすい焦点距離です。86mmまでズームすれば、人物をやや大きく写したり、少し離れた被写体を切り取ったりできます。
現在の標準ズームと比べれば範囲は狭いものの、標準域から中望遠域までを一本でカバーできることは、1963年当時として非常に画期的でした。ニコンは、固定ズームレンズを備えたカメラという設計者の構想を早い時期に実現したモデルとして紹介しています。
レンズ交換なしで画角を変更できる
それ以前のニコレックス35や35IIでは、固定された50mmレンズの前方へ広角用または望遠用のコンバージョンレンズを取り付ける方式が採用されていました。
しかし、コンバージョンレンズは大きく、持ち運びや交換にも手間がかかります。
ニコレックス ズーム35ではズームリングを回すだけで画角を変更できるため、撮影の自由度が大きく向上しました。
ズーム全域でF3.5を維持
レンズの開放F値は、43mmから86mmまでF3.5です。
現在ではズーム位置によって開放F値が変化するレンズも一般的ですが、ニコレックス ズーム35では、ズームしても表示上の開放F値が変わらないように設計されています。
当時はTTL測光がまだ一般化しておらず、カメラ前面の受光部で明るさを測る外光式露出計が使われていました。ズームによってF値が変わると、そのたびに露出設定を補正しなければなりません。
そのため、レンズと絞り機構を連動させ、ズーム全域でF3.5として扱えるようにしたとされています。
Zoom-NIKKOR 43-86mm F3.5との関係
ニコレックス ズーム35の光学系は、後にニコンF用交換レンズとして発売された「Zoom-NIKKOR Auto 43-86mm F3.5」と深い関係があります。
両者は同時期に企画され、基本となる光学構成を共有していました。ニコレックス用の固定レンズをもとに、ニコンF用の交換レンズへ展開された可能性が高いとニコンは説明しています。
「ヨンサンハチロク」と呼ばれたレンズ
ニコンF用の43-86mm F3.5は、焦点距離の数字から「ヨンサンハチロク」と呼ばれました。
国産初の実用的な標準ズームレンズとして普及し、ズームレンズの利便性を一般の撮影者へ広めた存在です。
初期型の光学構成は7群9枚。小型化と低価格化を重視して設計されており、当時としては高度なカム機構によって複数のレンズ群を動かしていました。
ズーム操作方式は異なる
ニコンF用のZoom-NIKKOR Auto 43-86mm F3.5は、鏡筒を前後へ動かしてズームし、回転させてピントを合わせる直進式です。
これに対してニコレックス ズーム35では、ピントリングとズームリングが分かれた回転式を採用しています。
同じような光学構成を持っていても、レンズ交換式と固定式では鏡筒の操作方法が異なります。
レンズシャッター式一眼レフを採用
ニコレックス ズーム35は、一般的なフォーカルプレーンシャッターではなく、レンズ内部にシャッター羽根を置くレンズシャッター式です。
シャッターにはセイコーシャSLVが使用され、Bと1秒から1/500秒までの速度を選択できます。
レンズシャッターの特徴
レンズシャッターは、複数の羽根が中央から開閉してフィルムへ光を当てます。
フォーカルプレーンシャッターと比べ、作動音や振動を抑えやすく、広い範囲のシャッター速度でフラッシュを同調させやすいことが特徴です。
ニコレックス ズーム35も、各シャッター速度でフラッシュ撮影に対応する構造を持っています。ただし、古い個体ではシンクロ接点や内部配線が劣化している場合があります。
レンズ周辺に操作部が集中している
ニコレックス ズーム35では、次の操作部がレンズ周辺へ集められています。
- ピントリング
- ズームリング
- 絞りリング
- シャッター速度リング
- フィルム感度設定
現在の一眼レフのように、カメラ上部のダイヤルですべてを設定する構造ではありません。
初めて触れるとリングの役割を混同しやすいため、無理に回さず、表示を確認しながら操作しましょう。
撮影後はファインダーが暗くなる
ニコレックス ズーム35には、撮影後すぐにミラーが元の位置へ戻るクイックリターン機構がありません。
シャッターを切るとミラーが上がった状態となり、ファインダー像が暗くなります。次にフィルムを巻き上げるとミラーが撮影位置へ戻り、再びファインダーを確認できるようになります。
撮影直後にファインダーが真っ暗になっても、それだけで故障とは限りません。
巻き上げレバーを操作してファインダー像が復帰すれば、このカメラとしては正常な動作です。ニコレックス ズーム35を含む初期のレンズシャッター式一眼レフでは、このような巻き上げ復帰式のミラーが使われていました。
ポロミラー式ファインダーを搭載
ニコレックス ズーム35は、一般的なペンタプリズムではなく、複数の鏡を組み合わせたポロミラー式ファインダーを採用しています。
そのため、通常の一眼レフに見られる三角形の大きなファインダー部分がなく、軍艦部が比較的平らな独特の外観をしています。
ポロミラー式でも、撮影レンズを通った像を正立正像で確認できます。ただし、内部の鏡やフォーカシングスクリーンが劣化すると、ファインダー像が暗くなったり、クモリが目立ったりすることがあります。
セレン光電池式露出計を搭載
カメラ前面の黒い格子状部分には、セレン光電池式の露出計が組み込まれています。
セレン光電池は、受けた光によって微弱な電気を発生させるため、露出計用の電池を必要としません。
TTL測光ではない
ニコレックス ズーム35の露出計は、撮影レンズを通過した光を測るTTL方式ではありません。
カメラ前面へ入る光を直接測る外光式です。レンズへフィルターを装着した場合の光量低下などは、露出計へ自動的には反映されません。
露出計の表示を参考にしながら、撮影者が絞りとシャッター速度を設定します。自動露出ではなく、マニュアル露出のカメラです。
セレン素子の劣化に注意
セレン露出計は電池不要という利点がありますが、経年劣化によって反応が弱くなることがあります。
明るい屋外と暗い室内へカメラを向け、露出計の針が変化するか確認しましょう。
針が動いても正確な値を示しているとは限りません。外部露出計やスマートフォンの露出計アプリなどと比較し、大きな誤差がないか確認する必要があります。
内蔵露出計が故障していても、シャッターや絞りが正常なら外部露出計を使って撮影できます。
ニコレックス ズーム35の基本スペック
| 項目 | 仕様 |
|---|---|
| 発売年月 | 1963年2月 |
| カメラ形式 | レンズ固定式35mm一眼レフ |
| 使用フィルム | 35mm・135フィルム |
| 画面サイズ | 24×36mm |
| レンズ | NIKKOR 43~86mm F3.5 |
| レンズ交換 | 不可 |
| ズーム方式 | 回転式 |
| ピント合わせ | マニュアルフォーカス |
| 露出計 | セレン光電池式外光露出計 |
| 露出設定 | マニュアル |
| シャッター | セイコーシャSLVレンズシャッター |
| シャッター速度 | B、1秒~1/500秒 |
| ファインダー | ポロミラー式一眼レフファインダー |
| ミラー | 巻き上げ復帰式 |
| フィルム感度 | ASA10~1600 |
| フィルム巻き上げ | レバー式 |
| セルフタイマー | あり |
| 電池 | 不要 |
| 重量 | 約1,165g |
発売時期とレンズについてはニコン公式資料、シャッターや重量などは博物館資料に基づきます。資料や測定条件によって数値に多少の違いが見られる場合があります。
ニコレックス ズーム35の写り
43~86mm F3.5は、現在の高性能ズームレンズと同じ基準で評価するより、初期の標準ズームならではの描写を楽しむレンズです。
開放では周辺描写に時代を感じる
同じ光学構成を持つ初期のZoom-NIKKOR 43-86mm F3.5について、ニコンは開放時の周辺光量低下や周辺部の解像力低下が目立つと説明しています。
一方、少し絞ってスナップ撮影に使うと、こうした弱点は目立ちにくくなります。
焦点距離によって歪曲が変化する
広角側では樽型、望遠側では糸巻き型の歪曲が現れやすい光学系です。
建物や格子など、直線の多い被写体では歪みが分かりやすくなります。50mm前後の中間域を使うと、歪曲を比較的目立ちにくくできます。
逆光ではフレアに注意
このレンズはマルチコーティングが一般化する以前に設計されています。
太陽や強い照明が画面へ入ると、フレアやゴーストが発生しやすくなります。可能であればレンズフードを使用し、強い光源を直接入れないようにするとコントラストを保ちやすいでしょう。
反対に、柔らかなコントラストやフレアをオールドレンズらしい表現として利用する楽しみ方もあります。
中古で購入するときの注意点
レンズシャッターの動作
Bから1/500秒までシャッター速度を変更し、羽根の開いている時間が変化するか確認します。
古いレンズシャッターでは、次のような不具合が起こることがあります。
- 低速シャッターが途中で止まる
- シャッター羽根が開かない
- 羽根が閉じきらない
- すべて同じ速度で作動する
- シャッターをチャージできない
動作が重い場合は、無理にリングや巻き上げレバーを操作しないようにしましょう。
ミラーが巻き上げで戻るか
シャッターを切った後にファインダーが暗くなり、巻き上げると像が戻るか確認します。
巻き上げても像が復帰しない場合は、ミラー、シャッターまたは内部の連動機構に不具合がある可能性があります。
レンズシャッターとミラーが複雑に連動しているため、一般的なフォーカルプレーン式一眼レフより整備が難しい場合があります。
ズームリングの動き
43mmから86mmまでズームリングを回し、途中で引っかかったり、極端に重くなったりしないか確認します。
リングが動いても、内部のレンズ群が正常に移動しているとは限りません。ファインダーを見ながら操作し、画角が連続的に変化するかも確認しましょう。
無理に回すと内部のカムや連動機構を傷める可能性があります。
ピントリングと無限遠
近距離から無限遠までピントリングを動かし、滑らかに回転するか確認します。
遠くの建物などへピントを合わせ、レンズの無限遠位置とファインダー像が一致するかも重要です。
一眼レフなので、ファインダー上のピントがずれていると、実際のフィルム面でもピントが外れる可能性があります。
レンズのカビやクモリ
レンズを前後から光に透かし、次の状態を確認します。
- カビ
- クモリ
- バルサム切れ
- 強い傷
- コーティングの劣化
- 内部の油や汚れ
レンズ固定式なので、光学系に問題があっても別のレンズへ交換できません。
外装の小傷よりも、43~86mmズームレンズ内部の状態を優先して確認しましょう。
絞り羽根の状態
絞りリングを動かし、羽根が設定値に応じて円滑に開閉するか確認します。
羽根に油が付着している、動きが遅い、完全に閉じない個体では、撮影時の露出が不安定になります。
ズーム位置を変更した際にも、絞り機構が不自然な動きをしないか確認したいところです。
セレン露出計
明るさを変えたときに露出計の針が反応するか確認します。
針が動かない場合でも撮影は可能ですが、露出を決めるために単体露出計などが必要です。
セレン受光部を長期間覆ったまま保管されていた個体や、湿気の多い場所で保管された個体では、反応が弱くなっている可能性があります。
ファインダー内部
ファインダーのカビ、クモリ、汚れ、ミラーの劣化を確認します。
ポロミラー式は複数の鏡を使用しているため、内部の反射面が劣化すると像が暗くなったり、部分的に見えにくくなったりすることがあります。
ファインダーの汚れは撮影画像へ直接写りませんが、ピント合わせには大きく影響します。
重量と取り回し
ニコレックス ズーム35は約1.1kgあり、現在の感覚ではかなり重いカメラです。
首から下げる場合は、ストラップ取り付け部の緩みや変形も確認しましょう。長時間持ち歩く場合は、カメラの重量に対応した丈夫なストラップが必要です。
ニコレックス ズーム35はどんな人に向いている?
ニコレックス ズーム35は、次のような人に向いています。
- 初期の国産ズームカメラに興味がある人
- ニコンの歴史的なカメラを収集している人
- 固定式43~86mmズームを使ってみたい人
- レンズシャッター式一眼レフの機構を楽しみたい人
- 電池を使わないカメラを探している人
- オールドズーム特有の描写を試したい人
- 大きく重い金属製カメラの存在感が好きな人
一方、軽量なフィルムカメラや、交換レンズを自由に選べる一眼レフを求める人には向きません。
撮影後に巻き上げるまでファインダー像が戻らず、露出もピントも手動です。便利さよりも、固定ズームレンズを実用化した当時の設計思想と機械動作を楽しむカメラといえます。
まとめ
ニコレックス ズーム35は、1963年に発売された43~86mm F3.5固定ズームレンズ搭載の35mm一眼レフカメラです。
ニコレックス35IIをベースに、標準域から中望遠域まで画角を変えられるズームレンズを組み合わせ、レンズ交換なしで構図を調整できる先進的な仕組みを実現しました。
一方、レンズシャッター、ポロミラー式ファインダー、セレン光電池式露出計、巻き上げ復帰式ミラーなど、現在の一眼レフとは異なる機構を備えています。
中古で購入するときは、レンズシャッター、ミラー、ズームリング、ピントリング、絞り、セレン露出計、ファインダー、固定レンズ内部の状態を確認することが重要です。
正常に動作する個体なら、後の標準ズームレンズへつながる43~86mm光学系と、初期のズーム一眼レフならではの重厚な撮影感覚を楽しめるでしょう。









